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noch einmal [雑感]

最後にブログの記事を書いてから2年がたとうとしている。その前の記事は、更にその2年前だ。

その間なにがあったかといえば、ただただ日常をこなしていたような気もすれば、家を建てて引っ越し、これ以上延ばせないまで延ばした博士論文を青息吐息で書いて出したのだから、それなりに大きな出来事がいくつかあったような気もする。子供もずいぶん大きくなった。


ブログを書かなくなった訳を考えてみると、ただ単に暇がなくなったということもあったし、twitterにシフトしていったということもあったし(そんなにたくさんつぶやくわけではないけれども)、世間のブログ熱が冷めて、実質上、RSSリーダーも使えなくなって、人のブログも見なくなったということもある(それもそんなに読んでいたわけではないけれども)。
それに、自分の個人的な出来事を世界に向かって公開することの無意味さ、危険、恥ずかしさを考えなかったわけでもない。特に、子供ができて、子供のことが私生活の大きな部分を占めるようになると、それをどのくらい書くかというのはけっこう重い問題だ。加えて、社会的責任が増すにつれ、好きに書けることは減っていく。


でも、ふとしたきっかけで自分やアイボウが綴ってきたブログを読み返してみると、ブログもなかなか捨てたもんじゃないな、と思う。忘れかけていた出来事や気持ちが、時に鮮やかに、時にかすかによみがえる。

日々の出来事や個人的な所感はプライベートな日記に書けばいいと思わないわけではない。でも、余程意志の強い人でなければ、自分だけの日記を書き続けることはなかなか出来ない。ふつうは、どこかに読者がいると思うから、書く(中世の貴族だって、ほとんどの場合は、子孫に読ませるために日記を書いている)。
それに、読者がいると思うから、ある程度、論理を整理し、文章を整える。その過程で出来事や考えが整理され、自分が覚えていたい形に整えられていく。自分が若いころ自分だけのために書いた日記など、意味不明な感情のほとばしりが書きなぐってあるだけで、ただただ情けなく、恥ずかしい。

もちろん、主な想定読者は、同じ家の中に住んでいたり、普段、頻繁にやりとりしている親族や知人なわけだから、ほんとうは定期的に手紙を書いたり、SNSの中なり限定公開なりでブログを書けばいいのかもしれない。でも、それもなんだかなかなか難しい。SNSのやりとりは正直しんどいし、アイボウと交換日記をするっていうのも現実的じゃないし、母や兄にニュースレターや限定公開のブログを読んでね、と連絡するのも違和感がある(でもその意味では、保育園に毎日持たせる連絡帳は、とても貴重な記録だ)。

そんなわけで全世界に恥をさらすリスクと天秤にかけても、ブログを書くって、悪くないかもなと思ったり、やっぱり電気の無駄遣いかなと思ったり、大きく揺れつつ、もう一度、しばらくブログを書いてみようかなと考えている。

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