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よすが [雑感]

長いこと使っていなかった時計を電池交換に出した。

ずっとずっと昔、恋人が贈ってくれた時計。
電池切れで動かなくなって、メッキも剥げて、なにより、留め具が緩くなって外れやすくなって、なくすのが怖くて、使わずにしまってあった。

電池を替えたら、針はまた動き始めた。

DSC00350.jpeg


***

この間、弁当を持って仕事に行った。
いつもの箸箱。保育園の時から使っている箸箱。

箱と箸のそれぞれに、父がカタカナで名字を彫り込んでくれた。


父の肉体は消えたのに、父が書いた文字はここに残っている
物は時に長く残り、生きていた人々の痕跡を伝える

そういったことに魅了されて、考古学を学び、歴史学を学び、文学を学んできたけれど、手にした箸に刻まれた文字の不思議さは褪せない

DSC00352.jpeg


***

この箸は過去の父の肉体、過去に父が私に与えた愛を伝えるよすが
この時計は過去の私の肉体、過去に恋人と交わした愛を伝えるよすが

父の肉体は消えたのに、父が刻んだ文字はここにある
つまりは、過去の私は、過去の愛は消えたのに、時計は残っているということ?



多様で複雑な世の事象を単純に理解しようとすると混乱する

愛は消えたのに時計が残ることもあるだろう
時計は消えたのに愛が残ることもあるだろう


それとも一度与えた愛は永遠に消えないのだろうか
肉体も物も消えても愛は永遠なのだろうか

そう考えるのは浪漫的だが、
現実は、愛を感じる肉体が滅びれば愛も滅びるのだろう

翻せば、私が父の愛を感じ続ける限り父の愛は滅びない


***

よすがはよすがに過ぎない
そこに何かを寄せるのは私の心

よすが − 寄す処 − 縁


***

時計屋はオーバホールを勧めた。

大切な時計だけど、もともと高価なものではないし、と思ってきた。
けれども、今は、ほんとうに大切なもので、もし直す手段があるのなら、少々のメンテナンスの費用をけちることなどバカバカしいことなのだと思える。

無くさないように気をつけて時々は使って、今度、止まったらオーバホールに出してみよう。


直しても、大事にしても、いつかは壊れ、あるいはなくなってしまうだろう
でも、その時を延ばすことはできるかもしれないし、少なくともその時までをより幸せに過ごすことができるだろう

そこに私の心を寄せよう

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コメント 2

わたし

FBにもMixiにも、新しい記事がある旨書いてないけど、たまたまクリックしたら新しい記事発見。

このお箸は覚えてないけど、お弁当を包んでいた青っぽい布とか、チェックの鞄から飛び出していた指揮棒は覚えてます。
by わたし (2015-06-12 09:11) 

青竹

ちょっと後ろ向きだからこっそり書いたのよ。確かに高校のお弁当の時にはつかっていたかどうかはっきりしないかも。
指揮棒とかチェックの鞄とか、自分が忘れてたわ……
by 青竹 (2015-06-12 16:25) 

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