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めげないぞ [雑感]

植物を育てていると、3月から4月のはじめは喜びにあふれているが、5月頃になってくるとがっかりすることも増え、6月にはあきらめの境地に近くなる。

今年は4月、5月と私としてはかなりきりきり舞いだったこともあり、ふと気づくとベランダ鉢植えは虫と病気の楽園になっている。

なんどか水切れを起こしてしまった鉢もあり、その他、はっきりした原因はよくわからないが上手く行っていない鉢も多く、申し訳無く思いつつ、できればなんとか持ちこたえて欲しいと甘えた気持ちで眺めている。

収穫を楽しみに、見た目の悪さを我慢して育ててきたエシャロットは、地上部は立派に育ったのに、肝心の球根はぜんぜん育たなかった。苗にそれなりに投資したのに残念だ。やはり野菜を食べられるレベルに育てるのは、粗雑な私にはハードルが高い。以前、ズッキーニを育てようと頑張っていた時期もあったが、ここ数年でズッキーニが比較的安価にたくさん買えるようになったので、無理して育てる意欲も失われた。エシャロットも早く安価に買えるようになってほしい。

3年目に入ったレモンは、去年、ちいさな実を1つ付けたが、冬に葉っぱを落としたまま新芽が出ていない。死んでしまったのだろうか…

死んでしまったといえば、ラベンダーはやはり難しい。一昨年育てていた分は、去年の夏を上手く越させられず、秋に耐暑性が高いという長崎ラベンダーを2鉢買ったが、植え付け段階で失敗したらしく冬前に枯れてしまった。わざわざラベンダー用の土も準備したのだが…


これほど失敗が多いのは私の粗雑さが大きいとは思うが、ごく月並みながら、何かを育てるのは本当に難しいとも思い知らされる。趣味で育てている植物などは、失敗しても、はっきりいって大発生した虫が気持ち悪いのと、ちくりと胸が痛む程度で済むが、子育てや学生の指導はそうはいかない。しかし、植物よりは気をつけるとは言っても、やはり最後は「なんとかなってほしい」と眺めるしかないところもあり、めげずに頑張るしかない。


そう考えると、鉢植えに比べて地植えはずいぶんうまくいきやすいことを思う。裏の小さなスペースに植えた植物たちは、日当たりもあまりよくなく、完全に放置しているにもかかわらず、虫食いなどはあってもみな元気に育って、陣地と日光をめぐって争いを繰り広げている。植物と人を完全にパラレルに考えることは出来ないけれど、人の場合、鉢植えではなく地植えにするというのはなににあたるのだろうか。鉢植えにせざるを得ない時には、どうすればよいのだろうか。

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路面電車とウサギ [雑感]

先日、相棒の恩師の一人が1週間ほど東京に来た。
相棒はまる1日、2人きりで過ごす機会を得て、更に学生たちとのセミナー&懇親会にも来てもらえたようで、それだけで多くのものを得たようだったが、常々、ロールモデルとして彼の口に上る方であり、考えてみると、彼の師匠のうち、唯一私も直接会ったことのある方なので、私の強めの希望もあって、更に週末に家までお越しいただくことになった。

相棒は午前中から東京見物にご案内。その間、私はせっせと掃除に励む。客人が来ると家がきれいになるのはありがたいが、ここのところサボっていたツケが大きく、なかなかピカピカにはならない…
お客さん大好きなチビは、何度も「まだ来ないねー」と言いながら、いい子におとなしく遊んだりテレビを見たり、窓拭きを手伝ってみたり。

夕方になってようやく掃除も終わり、お客様も到着。
チビは初対面なのに、会った途端に抱きついてご挨拶。挨拶ってそういうものだと思っているらしい。

ヨーロッパの方らしく、まずは私にお花をいただく。大学1年のフランス語の授業で、人の家に呼ばれた時には花を持っていくと習ったことが頭のどこかをよぎった。先生のほうは、日本の花屋の包装が幾重にもなってることにやや呆れたようだった。

お土産はそれだけでなかった。まずチビに百貨店の包装紙にきれいに包まれたプレゼントをいただく。開けるとフランクフルトの路面電車の模型が出てきた。チビが大喜びで早速遊んでいると、もう一つプレゼントといって、握った両手をチビに見せる。チビが最初に選んだ手はハズレだったが、もう一つの手の中からは小さなウサギのフィギュアが出てきた。

それから今滞在されてる京都を出る時に駅で買ったという和菓子が二折と、相棒には数学的な図形を表現したオブジェ。

そして床に座り込んで、ひとしきりチビと遊んでくださった。チビはさらに喜んで、あれこれおもちゃを出してきてはお見せする。

食事をどうするかは色々考えたが、和食のおもてなしは難しいし、中華はあまりお好きではないということで、結局、定番のローストポーク。それに、相棒と話している時に、日本にいるのは楽しいが、今年はシュパーゲルが食べられなかったことと、リースリンクが飲めないのが残念だとおっしゃっていたということだったので、うちでは普段は食べないホワイトアスパラガスを用意して、よく飲んでいるリースリンクをお出しする。
シュパーゲルは本場のものを食べつけた方には全然物足りなかったのではないかと思うが、たくさん召し上がってくださった。

私のたわいない質問にも丁寧に答えてくださり、同じくらい頓珍漢なチビの質問にも丁寧に答えてくださり、とても楽しい夕食となった。


家に到着する前に、わざわざ百貨店に寄ってチビと私へのお土産を揃えてくださったことにも驚いたし、別れ際には、次はもっと時間が空く前に会いましょうとおっしゃってくださった。

礼儀と真心と思いやりとのバランスに、ああやはり素晴らしい方だな、できたらこうなりたいなと思わされた。私だったら、菓子折り一つあればまあいいかな、と思ってしまうだろう。もっと想像力を持って、もっと思いやりを持たなければならない。そしてもっと謙虚に学ばなければならない。自分の番になった時に、覚えてられるか、うまくできるかははなはだ自信がないけれど。


途中までお見送りをしたチビは、家に帰ってくると、「路面電車忘れて行っちゃったね」。頂いたということが、今一つわかってなかったのだろうか。それから3日ほどたつが、よほど嬉しかったらしく、路面電車とウサギを大事に持って家の中を移動したりしている。

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よすが [雑感]

長いこと使っていなかった時計を電池交換に出した。

ずっとずっと昔、恋人が贈ってくれた時計。
電池切れで動かなくなって、メッキも剥げて、なにより、留め具が緩くなって外れやすくなって、なくすのが怖くて、使わずにしまってあった。

電池を替えたら、針はまた動き始めた。

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***

この間、弁当を持って仕事に行った。
いつもの箸箱。保育園の時から使っている箸箱。

箱と箸のそれぞれに、父がカタカナで名字を彫り込んでくれた。


父の肉体は消えたのに、父が書いた文字はここに残っている
物は時に長く残り、生きていた人々の痕跡を伝える

そういったことに魅了されて、考古学を学び、歴史学を学び、文学を学んできたけれど、手にした箸に刻まれた文字の不思議さは褪せない

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***

この箸は過去の父の肉体、過去に父が私に与えた愛を伝えるよすが
この時計は過去の私の肉体、過去に恋人と交わした愛を伝えるよすが

父の肉体は消えたのに、父が刻んだ文字はここにある
つまりは、過去の私は、過去の愛は消えたのに、時計は残っているということ?



多様で複雑な世の事象を単純に理解しようとすると混乱する

愛は消えたのに時計が残ることもあるだろう
時計は消えたのに愛が残ることもあるだろう


それとも一度与えた愛は永遠に消えないのだろうか
肉体も物も消えても愛は永遠なのだろうか

そう考えるのは浪漫的だが、
現実は、愛を感じる肉体が滅びれば愛も滅びるのだろう

翻せば、私が父の愛を感じ続ける限り父の愛は滅びない


***

よすがはよすがに過ぎない
そこに何かを寄せるのは私の心

よすが − 寄す処 − 縁


***

時計屋はオーバホールを勧めた。

大切な時計だけど、もともと高価なものではないし、と思ってきた。
けれども、今は、ほんとうに大切なもので、もし直す手段があるのなら、少々のメンテナンスの費用をけちることなどバカバカしいことなのだと思える。

無くさないように気をつけて時々は使って、今度、止まったらオーバホールに出してみよう。


直しても、大事にしても、いつかは壊れ、あるいはなくなってしまうだろう
でも、その時を延ばすことはできるかもしれないし、少なくともその時までをより幸せに過ごすことができるだろう

そこに私の心を寄せよう

坪庭もどき [雑感]

今住んでいるところは一昨年の夏に越してきた。

そもそもは3年前の黄金週間。定職についたし、そろそろ借家暮らしから脱出しようと相棒が言い出し、不動産めぐりを始めたその初日に、同行願った母と相棒が意気投合して、衝動買いのように小さな土地を買った。

そこは御多分にもれず、やや大きめの土地を3分割した物件で、我々が買った時には、形も面積もほぼ同じ2軒分が売りに出ていたのだが、どちらを希望するかはすぐに決まって、結果としてそちらを買うことが出来た。希望した理由はいくつかあったが、その1つが家の裏手に1畳ほど付き出した区画があって、ほんの少し余裕のある感じになりそうなことだった。

そして、ああでもないこうでもないと頭を悩ませ、方々(特に母)の援助を受けながら、その土地に小さな家を建てた。かなり奮発し、援助も受けて建てたけれども、そうはいっても限りある予算。外構は正面のコンクリート等、最低限のことのみを工務店にお願いして、あとは自分たちですることにした。


外構なんていうとえらそうだけど、実際には建物の周囲30〜150センチをどうするかという話。最初に家の周囲に防草シートを廻らせ、その上に砂利を敷いた。砂利は重くて通販では非常に割高だとわかり、前宅の近くにあるホームセンターで玉砂利を大量に買い込み、車に積んで運んできてえっちらおっちら敷いた。地面を水平にする作業をさぼったので起伏があり、そのせいで隣家の敷地に砂利が流れ込んでいるところもあるが、お隣さんが寛大なことに甘えて、当座、そのままとしている。

あと残ったのは、家の裏の1畳ほどの地面。
何か植栽をすることは最初から決めていたので、とりあえずスコップを買って掘り返すことにした。そのままでは雑草も生えないんじゃないかというくらいがちがちの地面を掘り返すと、ガラがごろごろ出てくる。瓦や石はまあいいのだが、1メートル以上ある塩ビパイプが出てきたのにはちょっと驚いた(粗大ゴミに出した)。
そうこうしているうちに寒くなってきたので、その年は途中のまま放置。翌春も少し掘り返してはみたが、仕事(というか論文)が忙しく、あっという間に暑くて虫の多い季節になって、更に1年放置。

ようやく今年の春になって、一念発起。
園芸を長年の趣味とする母の助言を仰ぎながら、小さな花壇を作ることにして、モルタルを使わなくてもレンガとプラスチックの板で花壇が組めるという商品と、日陰向きの植物をあれこれと通販で購入し、黄金週間に花壇を作った。

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「らくらくレンガ」という商品名と売り文句に違わず、レンガ積みはわりと簡単で、心配していたほど隙間から土が漏ることもない。植物も、セット商品を買った都合上、ヤブランが多めになったのはちょっと趣味と違うが、それなりに種類も揃えて、我ながらけっこういい感じになった。

この近所は猫がとても多いので、その点を一番心配していたが、バークマルチをたっぷり敷いたおかげか、 1月経過してみて、やたらとハエは多いものの、特に掘り返されたり、糞をされたりはしていないようで、とりあえずは一安心。フェンスを挟んだ花壇の向こう側が前から猫の子育て場所になっていることももしかすると良かったのかもしれない。

花壇の前は、地中から掘り出した瓦を並べて、固まる土を敷いてみた。恐らくは前の建物の瓦なのだろう。前の建物にどんな歴史があったか一つも知らないけれども、ほんの少しでも、過去とのつながりが生まれるのはうれしい。
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花壇へのアクセスは非常に悪く(幅20センチくらいのところをすり抜ける必要あり)、気が向いた時に気軽に行くという感じではないが、直上の2階部分には小さなバルコニーがあるので、そこから見下ろすことができる。小さな小さな庭だけど、そんなのでもあるとけっこううれしいものだ。

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ただ、夜はただの闇。ソーラー電池のついたLEDライトを設置してみたが、商品がダメなのか、日中の光量が足りないのか、まったく用を成していない。ここのところはもう少し改善したい。


ちなみに、連休中にはこの他に、表のベランダのウッドデッキと手すりの塗り直し(部分)と無垢床のワックスがけをした。メンテナンスは面倒といえば面倒だが、DIYはきらいではないし、持ち家なんだなあという実感も湧いてなかなかよかった(本当はレンジフードの掃除もしないといけないのだが……)
そういえば、ワックスがけをした直後に、鍋の焦げを洗っていた相棒が重曹水を床にこぼし、それに気づかずに放置した結果、床が黒く変色するという事件もあった。かなり焦ったが、酸である程度戻るとわかり、あまり目立たないまでには修復できた。良かったよかった。

暑かったけどスープを作った [雑感]

昨日はとても暑かったけど、主に扁桃腺炎やらなにやらでへばっているアイボウのためにチキンスープを作ることにした。アイボウだけでなく、チビも先週は40度近い高熱が2日半続き、私もどうも喉の調子がおかしい。

そういう時に鳥鍋とかチキンスープとか、あんまり医学的根拠はないかもしれないけど、なんとなく効果がありそうな気もする(ただの手抜き料理という説もあるが…)。


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虫に食べられるために育てているような状況のハーブたちだが、ブーケガルニはネギ以外なんとか自家調達。ローリエは去年の秋、裏手のお宅から窓越しにいきなりいただいたもの(うちのミニベランダとお隣の窓の間は1メートルほどしかない)。
といっても、冷蔵庫にはチキンソテーにしようと思って買ったもも肉と手羽中しかなかったので、ちょっと薄味になってしまった。やはりしっかり骨付きの肉で作ったほうがよい。


残念ながら朝起きて、すっきり治ってるという感じはまったくなく、アイボウも体を引きずるようにして起きだしていたが、まあよしとしよう…(いいのかな…)





チキンスープといえば、7年前のドイツに移った日、4ヶ月ほど先行して渡っていたアイボウが作ってくれたのだった。7月の終わりの明るい夕方、アイボウが空港まで迎えに来てくれて、Sバーンに乗って住まいまで連れて行ってくれて、緑色のドアを開けると、部屋の中に甘いスープの匂いが満ちていた。窓のたくさんある眺めのいい部屋で、キッチンは狭かったけど、とても居心地がよくて、ほんとうに楽しかった。


ドイツではREWEが行きつけのスーパーで、とても安い骨付きももをよく買った。もも肉だけでなくて、ポスドク1人分の稼ぎで2人暮らし、旅行もオペラ鑑賞もたくさんしてお金はなかったから、REWEのブランドJa!の安い製品には全般的に助けられた。
でも、日本に帰った後、ヨーロッパの労働環境に関するドキュメンタリーをいくつか見て、価格の安い製品の裏には不当に安い労働力があるという現実から目を背けるわけにはいかないということも、遅ればせながら知った。日本にも同じ構造はあるけれど、EU圏が拡大し、更に大量の移民を受け入れているヨーロッパの状況ははるかに苛烈で、ほとんどEUを破綻させかけているように見受けられる。そうはいっても日本だって東アジアだって、状況はかなり危機的だ。

いま自分が何ができるかを考えると、ほとんど絶望的にも思われるが、もう少しがんばらなければ。目の前のチビたちを民主主義社会の市民として育てること、ほかの市民と連帯すること、なるべくなるべく正しい買い物をすること、折り合えそうもないと感じても相手を理解しようと務めること。きっとできることはまだまだある。



スープを作ったことを書こうとだけ思ったのに、結局、支離滅裂になってしまったな。

noch einmal [雑感]

最後にブログの記事を書いてから2年がたとうとしている。その前の記事は、更にその2年前だ。

その間なにがあったかといえば、ただただ日常をこなしていたような気もすれば、家を建てて引っ越し、これ以上延ばせないまで延ばした博士論文を青息吐息で書いて出したのだから、それなりに大きな出来事がいくつかあったような気もする。子供もずいぶん大きくなった。


ブログを書かなくなった訳を考えてみると、ただ単に暇がなくなったということもあったし、twitterにシフトしていったということもあったし(そんなにたくさんつぶやくわけではないけれども)、世間のブログ熱が冷めて、実質上、RSSリーダーも使えなくなって、人のブログも見なくなったということもある(それもそんなに読んでいたわけではないけれども)。
それに、自分の個人的な出来事を世界に向かって公開することの無意味さ、危険、恥ずかしさを考えなかったわけでもない。特に、子供ができて、子供のことが私生活の大きな部分を占めるようになると、それをどのくらい書くかというのはけっこう重い問題だ。加えて、社会的責任が増すにつれ、好きに書けることは減っていく。


でも、ふとしたきっかけで自分やアイボウが綴ってきたブログを読み返してみると、ブログもなかなか捨てたもんじゃないな、と思う。忘れかけていた出来事や気持ちが、時に鮮やかに、時にかすかによみがえる。

日々の出来事や個人的な所感はプライベートな日記に書けばいいと思わないわけではない。でも、余程意志の強い人でなければ、自分だけの日記を書き続けることはなかなか出来ない。ふつうは、どこかに読者がいると思うから、書く(中世の貴族だって、ほとんどの場合は、子孫に読ませるために日記を書いている)。
それに、読者がいると思うから、ある程度、論理を整理し、文章を整える。その過程で出来事や考えが整理され、自分が覚えていたい形に整えられていく。自分が若いころ自分だけのために書いた日記など、意味不明な感情のほとばしりが書きなぐってあるだけで、ただただ情けなく、恥ずかしい。

もちろん、主な想定読者は、同じ家の中に住んでいたり、普段、頻繁にやりとりしている親族や知人なわけだから、ほんとうは定期的に手紙を書いたり、SNSの中なり限定公開なりでブログを書けばいいのかもしれない。でも、それもなんだかなかなか難しい。SNSのやりとりは正直しんどいし、アイボウと交換日記をするっていうのも現実的じゃないし、母や兄にニュースレターや限定公開のブログを読んでね、と連絡するのも違和感がある(でもその意味では、保育園に毎日持たせる連絡帳は、とても貴重な記録だ)。

そんなわけで全世界に恥をさらすリスクと天秤にかけても、ブログを書くって、悪くないかもなと思ったり、やっぱり電気の無駄遣いかなと思ったり、大きく揺れつつ、もう一度、しばらくブログを書いてみようかなと考えている。

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もやし [雑感]

お昼に昨晩の残りの酢の効いたもやしのナムルを食べていて、また父を思い出した。


去年の8月末から9月前半、連れ合いの出張中に、だいぶお腹の大きくなっていた私は、数日、義姉のところに世話になったあと、実家に居候していた。母も海外出張でいなくなり、父と二人暮しの生活は、気楽でもあったが、いらいらすることも多く、私は決して父に優しくなかった。

かなり前に私が家を出てから、両親のところでは父が料理をすることも多く、特に父が退職をしてからはネットでレシピを見つけてきてはちょっと凝った料理をするのがひとつの生活の楽しみになっていた。私が居候している間も、今思えば体調はかなり悪化していたはずなのに、身重の娘を気遣って、毎晩のように料理をしてくれた。

父はその日もネットでレシピをみつけてきて、もやしのレモンサラダというのをつくるのだ、と言い出した。ところが、もう夜もかなり遅くなっているのに、レシピ初盤の「できればひげ根をとる」から始めたものだから、私はすっかり機嫌を悪くしてしまった。ひげ根をとるというのは、いろんなレシピに「食感も味も全然違うのでぜひやりましょう」と書いてあるが、繊細さのかける私にはちっとも「全然違う」が実感できない。それに、普通にやるとものすごく時間のかかる作業である。韓国ドラマを見てると、主婦が家事をしているシーンとしてよくもやしのひげ根とりが出てくるくらいだ。そんなわけで、遅くなってひげ根を取り始めた父に、空腹の私はすっかり腹を立ててしまって、ずいぶん冷たい態度をとってしまった。

完成したもやしのレモンサラダは、量はちょっとしかなかったけど、さわやかな味を父は気に入ったようで、次の日もまたもやしサラダを作り出した。私は呆れて見ていたけれども、思い返すと、ぷんぷん腹を立てていないで、ひげ根の一つでもとってあげればよかったと思う。



総じてこの居候の時のことには、後悔が多い。
あれが最後だと知っていたら、もっと一緒にテレビを見て、父さんの批評を聞いてあげるんだった。音楽番組を見ながら朗々と歌うのに合わせて一緒に歌ってあげるんだった。父さんが読んでいる文書についてもっと話を聞いて、一緒に読むんだった。ブログの作り方をもっと丁寧に教えてあげるんだった。動画の作り方をもっと優しく教えてあげるんだった。一緒に買物に行っておいしいものをたくさん作ってあげるんだった。いびきがひどいからと他の部屋に逃げるんじゃなくて、一緒の部屋で寝てあげるんだった。買い物に出かけたのに、ずいぶんたって手ぶらで帰ってきた時に、「途中で気持ち悪くなったから」という理由をもっと真剣に思いやってあげるんだった。
なのに私は、反抗期の中学生みたいにパソコンや携帯に向かってばかりで、時には父への愚痴を延々と連れ合いに送信していたりすらした。




きのうのもやしはもちろんひげ根もなんもついてたけど、今度作るときはひげ根をとってみようか。ね、父さん。

育児をして思うことつらつら [雑感]

げんこつやまのたぬきさんのうたは、おっぱいとねんねの間に大事なことが抜け落ちている。


授乳中にテレビ見るな、携帯いじるな、こどもを見ながら話かけろって、正論だろうけど、実際に授乳したことのない人の理想論じゃないだろうか。おいしいねえ、そうなの?って何回繰り返したって三分もやってりゃこっちがおかしくなるし、赤子相手に一方通行の大人の会話をするのも私には無理。一日平均6、7時間は授乳に費やされるんだし、その時間に同時に片付けられることをして何が悪い。


スタイというのはよだれかけのことです。
アフガンというのはおくるみのことです。
クーハンというのは赤ん坊をいれとくかごのことです。

病院でのこどもの呼び名は母親の名前+ベビー。父親はパパで母親はママ。

前からある単語のほうが優しくてわかりやすいのに、いちいちめんどくさい。


赤ちゃん用、ベビー用という言葉の付加価値の高さ。みんなつけ込まれすぎじゃないか?


カタログを集めてベビーカーやチャイルドシートを検討。コンビとかアップリカとか、日本のメーカーなのになぜモデルが白人ばかり?あまりにひどくて購買意欲が削がれる。
そこで巷で人気のマクラーレン。ヨーロッパのブランドだし、モデルがヨーロッパ人ぽいのは自然に思えるが、今度は文章がいけなかった。絶対買わん。
カタログを見ると、どうも商品や会社の評価が下がるので、一番欲しいエアバギーはカタログをみないことにしておく。


似非かもしれんがエコかも知れないので日中は布おむつ。それ自体は苦じゃないが、布おむつを勧めるサイトや売る店が得てして似非科学に汚染されていてげんなりする。竹繊維からはマイナスイオンが出るらしいし、重曹は安全だけど漂白剤は危険らしい。

近日所感 [雑感]

エルガーの「愛の挨拶」を歌おうとして、中間部がどうしても「好きですかわさき愛の街」になってしまい、自分もすっかり川崎市民になったと実感する今日この頃。
勤労感謝の日でも欠かさずゴミを収集してくれるのはありがたいことだ。改めて感謝。



こどもが産まれて退院した後、一度病院にこどもを連れて行った以外、玄関の外にも出ずに2週間を過ごした。
もともと引きこもり気味で、3日間くらい家から一歩もでないこともあったが、さすがにここまで長いこと籠っていたのは初めてだと思う。家事も二人の母親さんがやってきて手伝ってくれるし、アイボウもほんとうによくがんばってくれるし、こどももよく寝る子で、うまくおなかいっぱい飲ませれば3、4時間続けて寝てくれたりもするので、ほとんど何もせずにごろごろしていたら、私にはかなり珍しくしつこい便秘になった。


それから、体ならしに、まずはアイボウと、その次は一人で近所のスーパーまで行ってみた。入院期間も含めれば3週間近く室内にいた間に外はすっかり紅葉が進み、晩秋の空気。アイボウと一緒の時は「とりあえず外に出た」ということで頭もいっぱいだったが、2回目には余裕も戻り、帰り道で突然、「ああ、もう妊婦じゃないんだ」という実感がこみあげてきた。そう考えてみると、横断歩道を渡る体も軽く、かつての歩行速度に戻りつつあるような。こうやって歩いていれば、誰も私が母親になったとは気づかないだろう。少し前までは、大きな腹を抱えて、誰の目にも母になろうとしていることは明らかだったのに(まあ、電車の中などでは気づかないか、気づかないことにしてらっしゃる方もかなりいたみたいだけど)。でも私が帰る先には、アイボウだけじゃなくてちっちゃなかわいいチビも待っている。ふしぎふしぎ。


日曜日にはアイボウのお母さんに一日こどもを預かってもらって友人の結婚式に出席し、だんだんと外界との交流が復活しつつある。早くこどもを連れて出歩きたいものだ。一ヶ月健診まではなどと言うが、律儀に守るべきものだろうか、いやいや、その油断が我が子を危険にさらすのではないか、などと自問中。

「特別」思想 [雑感]

日本に戻ってから朝日新聞の定期購読を再開した。なんだかんだと文句をいいながら、毎日けっこうじっくり読んでいるのだが、投書欄に載る投稿が60代以上と20代以下のものに偏っているのが、現代日本社会の一つの問題を反映していて、興味深くもあり、また憂鬱でもある。

そういった投書やらコラムの少なくないものに違和感を覚えるのは当然ではあるが、時々、未だに「日本語は世界有数の語彙が豊かな言語」(意)とか、「日本の素晴らしさ」みたいなことを言っているものをみると、なんでそんな発想になってしまうのか、なぜそんなものを掲載するのか理解に苦しむとともに、反駁したい衝動にかられる。

「これは特別なことだ」といった思い込みは、さまざまな形で表出される。

今朝の「声」欄には、「最近(日本の)列車内のマナーの苦情の投書が多いが、去年ドイツ旅行したときの列車内には声高に話す人や、まして宴会をする人なんていなかった。公共の場でのマナーが身に付いていてすばらしかった」といった意見が掲載されていたので、「それは単に滞在期間が短く、運がよかっただけよ」と大きな声で教えてあげたくなった。

私のドイツ滞在経験も微々たるものではあるが、ドイツ在住の人々の公共の場でのマナーが日本在住の人々に比べてよいとは絶対に言えない。

電車の中に限っても、ソーセージやチーズを出してきての計画的な宴会も、携帯使用自粛の車両(ドイツでは使用OKと使用自粛の車両が分かれている場合が多い)で大声で携帯に向かってしゃべっている人も見かけた。人の指定席にどっかりと座ったまま、言葉が通じない振りをしてどかない人もいれば、無理矢理に自転車をのせてくる人もいるし、昼間っから酒瓶片手に大きな音楽をかけて騒ぐ若者もいる。
加えて、ダイヤは守られないし、車両整備は行き届いていないし、落書きはひどいし、どちらがよいかと言えば、日本の列車の方がましだと思う人は私だけではないだろう。


同じ「声」欄には、スウェーデン在住の人からの「スウェーデンを理想郷扱いしないでほしい」という投書が載っていたが、本当にそのとおりなのだろう。

よそのことを全然知らないよりは少しでも知った方がよいはずだが、少し知ってわかったつもりになるのは全然知らないよりも危険なのかもしれない。

自分が「特別だ」と思ったことがらが本当に特別なのかは慎重に判断しなければならない。



ついでに、NHKの「すてきなにっぽん!」というのと、天声人語のレベルの低さもどうにかしてほしい。

神奈川の選択 [雑感]

昨年の九月に東京に戻ってきて、神奈川県の隅っこに住むようになったので、先日の選挙では神奈川県代表を選ぶために票を投じてきた。

自分の信条から投票先はすんなり決まっていたのだが、昨晩の夢にその落選してしまった候補者が出てきて、自覚していた以上に落胆していたことに気付いた。


正直、神奈川県代表に選出された3人は一人として支持できない。

漠然とした伝統的保守政策を唱え、法的秩序の維持のために外国人参政権付与反対を一番に掲げる中道右派。
現在、多くの地域を覆っている閉塞感の主要因の一つである組織の中核でさんざん金儲けをしてきた新自由主義者。
その二人を足して二で割って薄めたような世襲政治家。


そういった人間を選択する住民が一定数いることは理解できるが、そういった人ばかりが選ばれたと思うと、改めて未来に対する不安、絶望は重くなるばかりだ。


その中で自己保身を第一に生き抜く道を探すべきなのか、自分の理想が少しでも実現されるようにもう少し積極的に社会に関わっていくべきなのか。いずれにせよ、なにか行動をしなければならない時期にさしかかっているのかもしれない。

ゆっくりぽっかり [雑感]

余裕のある引っ越しというのは感じたり考えたりする時間が多くて、だからといって余った時間を猛烈になにかしてまぎらわすという気にもなれなくて、ただ、寂しさと緊張と不安とが胃を締め付けて、あまり楽しくない。


今回も自費で引っ越しする。東京からソウル、ソウルからマインツには各国の郵便制度を利用して荷物を送ったのだが、ドイツではDHLに船便がなく、重量制限ぎりぎりの30キロの箱が最低114ユーロかかる。ソウルからマインツには20キロの箱を20箱以上送っている(韓国便は20キロが上限)から、これを30キロずつに詰め替えるとしても、やっぱり20箱近くなると予想され、引っ越し費用がかさむなあと前々から困っていたのだが、ためしに日通に問い合わせてみたら、20箱で1100ユーロという船便のプランがあるというので、すぐに飛びついてお願いすることにした。梱包材もくれるというし(すでに段ボールは購入してあったので大量に余ってしまったが)、家まで取りにきてくれるし、東京での住処が決まっていない状態でも送れるようなのでそれも今回はぴったりだった。

それはよかったのだが、荷物引き受け日の一週間半くらい前になって、引き受け日の4日前までに梱包を終了して内容明細をファックスしてくださいといってきた。そんなわけで先週末はひっちゃかめっちゃかになりながら箱詰めをして(加えて大家さんが家の写真をもう一度撮りたいなどと言い出したから、引っ越し作業の中間にいったん片付け、掃除のおまけつき)、今週に入ってからも一日数箱詰めるペースで作業をして、昨日、むりやりながら目処をつけて内容明細を送信した。
でも、まだ数日、アイボウは数週間、ここでの生活が残っている。

それで、なんだか朝起きて、二人して「ぐるーみー」といっているのであった。コーヒーを入れてもぐるーみー、パンを切ってもぐるーみー。


やっぱり引っ越しは考える暇もない中で怒濤のごとくやるのが性に合っているみたいだ。

now [雑感]

なうってなうなうスロットのまねかとおもってたら違うのね。私ももうおばさんね。

70、80、90年 [雑感]

ドイツのラジオは朝からダンツィヒにおけるナチスドイツのポーランド侵攻70周年記念行事についてのニュースを繰り返し伝えている。

日本では戦争に負けた日の記念はいっしょうけんめいやるけれども、侵攻の記念日というのはどのくらいやっているだろうか。例えば、来年は韓国併合100周年だが、なにか行事はあるのだろうか。

アメリカは戦争に勝った記念や攻撃された記念はいっしょうけんめいやるけれども、自分たちが攻撃して結局負けた戦いの記念というのはしているのだろうか。

ドイツがえらいというわけではないし、事態がそんなに単純じゃないのもわかっているつもりだけれども、勝者と敗者、弱者と強者、責任と謝罪、いろんなことについてなんとなく考えなくてはいけないような気持ちにさせられる。


でも同じラジオ局は楽しげに今週末のクリスチャン・ドホナーニ80歳記念プログラムの予告も流している。なんだかよくわからない。

70年、80年、90年……

本棚の本を箱に詰めると必然的に発生する読書の時間。

90年前のウェーバーの講演、 Wissenschaft als Beruf の翻訳をぱらぱらとめくる。 
Wissenschaft - 科学、学問、学者、知識。

そういえば、私が大学に入った頃、大学の中も外も知の三部作というのをやたらと喧伝していたが、あれは今どうなっているのだろうか。

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しっぽ! [雑感]

最近、RSSフィーダーから記事へとぶリンクがいつまでたっても読み込まれないことが多く、朝の新聞記事チェックストレスを感じる。ドイツから日本が遠いからなのか、アクセスが集中しているからなのか、アイボウが回線を占有しているからなのか。

新聞社のサイトのトップから記事をたどることももちろんできるけれども、RSSのほうが効率いいし、下手したら紙の方が効率いいかもしれない。Googleニュースは一度に表示されるニュースの件数が少ないし、悩ましい。

 

 

それはさておき、エキサイト経由でロイター配信のこんなニュースをみた。

 

ベルリンの「レゴ」製キリン、しっぽが何度も盗まれる

 

レゴのキリンのしっぽ!

 

これはもう、それは感動ものの作品なのだ。

 

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キリンの体の部分は大きなブロックで作られているのだが、しっぽ部分は小さなブロックをたくさんつかって、立体的に作られている。

 

 

200812月にベルリンに行った時にはちゃんとあって、感動しつつも、べたべた触る人がいるのを心配していたのだが、20094月にいったときには、無残にもしっぽがなくなっていて、がっかりした。

 

今回の記事で4回も盗まれていることがわかり、なんだか悲しい。

 

しっぽを家に飾って喜んでいるバカが4人はいるってことか?


RIMG0095.jpg


網戸希望 [雑感]

わりと有名な話だと思われるが、ドイツには網戸のついている家はほとんどないという。実際、少なくとも私の住んでいるマインツのあたりではほとんどみかけない。

正確な理由はわからないが、ステレオティピックには窓をぴかぴかにすることが美徳とされているらしいので、網戸があると窓が汚れる上に、外からも中からも眺めが悪くなる、といったあたりが理由ではないかと推測している。そもそも、窓に「手が届かなくてみがけない」ような部分がない設計になっているし。

加えて、蚊もほとんどおめにかからないし、いたとしても(今までのところ)伝染病を媒介するような蚊は少ないというのもあるだろう。あとゴキブリもぜんぜんみかけない (wonderful!) のでこれも大きいかも知れない。


そして、冷房設備もない。

基本的に冷房が苦手なので、そのこと自体はかまわないのだが、連日最高気温が25度を越える中で、どうしても窓を開けることになる。

当然、虫が入ってくる。

前述の通り、蚊はほとんどみかけないが、各種ハエ、ハチ、ハアリ、テントウムシ、名前のわからない有象無象の小さな虫など、翅のあるものはたいがい何でも入ってくる(一度、小鳥が入ってきたこともあった)。街の緑も多い。至極当然だ。

少し前は、午後5時くらいになると、ハエが大量に入ってきて、目が回るようなスピードで旋回しながら家の中で交尾をするので閉口した。

いまはテントウムシが盛んにやってくる。1匹2匹ならかわいくもあり、模様の多様性には驚かされるが、数が多いとけっこう不気味だし、他の虫と違って翅が硬いので、壁や窓に激突してはカチカチいう。ちなみに、テントウムシは虫取り紙の上をなんなく歩く。

時期差だけでなく、気温と虫の数には実感できる明確な相関関係があって、おもしろいといえばおもしろいが、やっぱり虫との共存は難しい。

最大の問題はハチだ。幸い、今までのところ、大きなハチやハチの大群に襲われるというようなことにはなっていないが、単体の小さなハチでも、せっぱつまるとすぐに刺す。

一月ほど前には、なぜか布団の上を歩いていたハチにアイボウがやられた。かわいそうにアレルギー体質なので、相当に腫れ上り、翌日まで痛んでいたようだった。

そして、昨晩、私もやられた。昨晩については、ちょっとした事情があって、一時的にベッドの真上に虫取り紙を吊るしていたのがいけなかったのだが、虫取り紙にくっついて盛んに虫取り紙を刺そうとしていたはずの瀕死のハチがいつのまにか落ちてきて、ちくりとやられた。私の方はそんなには腫れなかったが、もちろんいい気分はしない。


網戸がほしい。

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五年 [雑感]

明かりを消した部屋で横になって目を閉じて、それでも寝付けずにいたら、なぜか、祖父母の家の景色が浮かんできて、思い出の中で家の中を歩き回っていた。

しばらくあちこち歩き回ってから、なぜ急に思い出したのだろうと考えていて、今日が祖父の命日だったことに思い当たった。

なんだか少し涙が出てきて、すっかり目が覚めてしまって、起き出してきてブログに書いておこうと思った次第。

でも断片的にいろいろな思いやことばや景色がわき出てくるばかりで、よくまとまらない。


窓の外にはきれいな三日月。
布団に戻ることとしよう。

一年 [雑感]

マインツに来て早くも1年経った。

この1年はだいぶ遊んで暮らしてしまったなあ。
あちこちに行った記録もきちんと残していないまま。イタリア旅行記もあっというまに挫折しているし…
So-net ブログがとろい、というのもあるのだが……

秋には日本に戻ることになり、そろそろ引っ越しの準備も気にかかる。

諸方面にはお世話になりますが、よろしくお願いいたします。


* * *

おーしゃんぜりぜー

とアイボウが歌うので、それって結局なんの歌なわけってことになって、ググってみたらへんなものを発見。


orz . . .


小倉紀蔵の語る「あのアマホコイというのはどこのことでしょうか」なみですな。とはアイボウの言。

もりあがってます [雑感]

午後からなんだか外が騒がしいと思ったら、2時間ほど前から赤い服をきた人々が続々と街の中心に向かっている。

サッカー関係っぽいので、ネットをチェックしてみると、どうやらマインツのサッカーチームが一部リーグ昇格を決めたといって盛り上がっているらしい。

えー、18時ってこれからじゃん。これからまだまだうるさくなるってことですよね、これ… orz

劇場前広場はうちから徒歩5分ほどだし、うちは周りに比べて高い建物なので音を遮るものが少ないし、今日は気温が30度近くて、窓を開けていないと暑いしで、間断なく外から騒音が押し寄せてくる。


マインツに住む身として、地元の人々が喜んでいるのは喜ばしいことだと思うけど、騒音耐性が低いのでちょっと不機嫌な日曜となりそう。

ダストシュート燃える [雑感]

ずいぶん久しぶりに雨が降った昨夜。

気温の変化についていけていないのか、アイボウと二人、体調を崩し気味で、わりとはやく布団に入ってごろごろしていると、アイボウが「なんかこげくさくない?」と言い出した。

鼻詰まり気味なのか、私の方はあまり感じず、そう?なんていっていると、10分ほどして、外の廊下が騒がしくなってきて、誰かがうちのドアベルを鳴らしに来た。もう11時過ぎでパジャマなんですけど…、とドアののぞき穴から外を見ると、二三人ひとがうろうろして、ドアの前で Hallo? といったりしている。

少なからず驚いて、どうしよう、近所の人みたいだけど、違うかも知れないし、とドアを開けずに様子を見ることにしたのだが、そうこうしているうちに、アイボウが焦げ臭いにおいが廊下からやってくることに気付いた。
どうやら、ご近所もこのにおいの発生元を探しているのか、あるいはなにかを伝えようとしているらしいということにようやく気付き、パジャマ姿のままドアを開けてみることにした。

すると、廊下に突っ立っていたパジャマにバスローブを羽織ったおじさんが、携帯電話を耳に当てたまま、ドイツ語でぐちょぐちょとなにか言った。意味がわからず、きょとんとしていると、もう一度同じことを繰り返してくれて、ようやく、どうやらダストシュートの先のゴミ入れで火が燃えているらしいということがわかった。

おじさんがドアを閉めておきなさい、というようなことを言ったようだったので、ごそごそと部屋に戻ってみるが、様子がよくわからないので、もしかして避難しなきゃいけなくなったりするのだろうか、と心配になる。


そうこうしているうちに、サイレンの音が近付いてきて、窓から外をみていると、消防車、はしご車、そして救急車が3台もやってきてしまった。おくれてパトカーも。
救急車両が停まったところはうちの窓からは見えない位置なのだが、ドイツの救急はランプが青く、近くの建物の窓に青いフラッシュがまたたいて、緊迫感がただよう。


気になるので、また廊下に出ていって、消防車が見えるところまで見にいく。
バスローブのおじさんが、こんどはすっかり着替えてどこかに行こうとしているようなので、すこし話をしてみる。ドイツ語が難しすぎてよくわからないので、英語に切り替えさせてもらって、避難しなくていいのか確認してみると、大したことはないから大丈夫、と教えてくれた。
それで部屋に戻ったのだが、やっぱり消防車がいる間は寝るわけにもいかず、布団と窓を行き来しながら、かなり長い時間を過ごしてしまった。


結局、やっぱり大したことはなかったようで、時計を見るのを忘れたので正確にはわからないが、おそらく1時間ほどで消防車も去っていった。


今朝になって、どんな大惨事になっているかと緊張しながら地階まで降りてみたところ、なにごともなかったかのように普通だった。ごみ捨て場までいってみると、ちょうど、ダストシュートの到着先であるコンテナを業者が運び出しているところで、コンテナの入り口はすこしすすがついているようだったけれども、まわりの建物も特に燃えていないようだった。



なにごともなかったのはよかったけれども、自転車も盗まれたばかりで、ちょっと気弱になってしまう自分がいる。

自分の生活、自分のまわりの社会が、人々の善意や信頼にいかに依存しており、ちょっとした悪意や不注意で簡単に崩れうるということを感じてしまう。

でも、だからといって気弱になるのは本当は嫌だ。

疑心暗鬼を生ず。


昨日だって、近所の人々が声を掛けてくれたり、ドイツ語がわからないのを知って不自由な英語で説明してくれたりしたじゃないか。救急車と消防車と警察がすぐにやってきて、雨のなか深夜まで対応してくれたじゃないか。
ポツダムでだって、公園職員も警察官も親切で、特に女性警察官は書類の各項目をていねいに英語で説明してくれて、「保険会社にも問い合わせるだけ問い合わせてみるといいよ」なんてことまでアドバイスしてくれたじゃないか。


事件や事故が気付かせてくれる自分を取り巻く善意や信頼に感謝して、今までと変わらず、肯定的に、楽天的に生きていければと願う。

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返せ [雑感]

ヴィースバーデン
ダルムシュタット
ヴァーラウ
ストラスブール
オッフェンブルク
フィレンツェ
ベルリン
ブリュッセル
シュトゥットガルト
パリ



この8ヶ月ほどの間にマインツからブロンプトンを抱えていろいろな街を訪れた。

電車から降りてさっと組み立て、さーっと街に乗り出す快感。
はじめての街をアイボウと二人、風を切って走り抜ける。

地図さえあれば街のどこにでもどんな時間にでも好きなように行ける便利さ。

人々がこちらを振り向き、時には声を掛けてくるのもちょっと誇らしい。
街で他の人のブロンプトンをみかけると、仲間を見つけたようでうれしい。


本当に本当に楽しかった。




先週、ポツダムのサンスシ公園の駐輪場に2台くっつけて停めた。
1時間半後に戻ってみたら、きれいさっぱりなくなっていた。
駐輪ポールそのものがひっこぬかれていた。

公園の駐輪場だから充分頑丈だと信じていた自分たちが世間知らずだったのかも知れない。
ただただ、自分たちの努力では如何ともし難い邪悪に出くわしてしまったのかも知れない。



金額的な損失も小さくないけれど、たくさんのかけがえのない時間を共にし、これからももっとたくさん共にしていこうと思っていた大切な車をとられたことが悔しい。悲しい。

DST [雑感]

日曜日の朝、目覚ましを遅くセットしてたっぷり寝たはずなのになんだか物足りない気持ちで目覚めた。

起きてだいぶたってから、今日からサマータイムであることに気付いた。

なんだ〜、1時間損したのか〜



ドレスデンからクラコフに直行したアイボウは、昨日の午後、予告なしに客人を引き連れて帰ってきて、今朝にはニースに旅立っていった。ちょっとしたビジネスマンみたいだけど、慌ただしいこと限りないし、内実は学生みたいなもの。旅行を重ねて銀行の残高が3桁を切る危機に直面中。

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 [雑感]

気が付くと本当に日が長くなった。
ヨーロッパは5月に突然春が来る、というのは耳にたこが出来るほど聞かされてきたが、それまでずっと冬なわけではない。2月の終わり頃から目に見えて日が長くなり、大気に春の香りが感じられるようになって、この時期にカーニバルそして復活祭がある意味が身体をもって実感できる。

カーニバルがすごいらしいというのは聞いていたが、正直、こういうものだとは全く予想していなかった。
薔薇の月曜日というのが最高潮と聞いていたので、その前後2、3日が賑やかなのかなと思っていたところ、その前の木曜日からすでにカーニバルは開始したのだった。道をあるいている人が普通に仮装しており、昼には長々と屋外カラオケ大会(プロのコンサートなのかもしれないが判別不能)。街のかなり真ん中に住んでいるせいもあり、一日中、調子外れの歌を強制的に聞かされる羽目に。

それからどんどん騒ぎは盛り上がり、日々パレードが繰り広げられ、夜中まで平然と大音量・大光量のステージが屋外で行われる。一言で言えば「街中が学園祭」。

薔薇の日曜日にパレードを見に行くと、老いも若きも仮装して大騒ぎで、仮装していないと咎められる勢い。若者たちはワインや蒸留酒の瓶を抱えてラッパ飲みし、大人たちも小さな酒瓶を次々に空けては道にたたきつけるもんだから、街中に酒の匂いが漂っている。我が家のあるアパートの前は日曜・月曜とパレードに参加する馬たちの集合場所になっており、馬はかわいかったが、馬糞だらけになってしまった。

以前はヴェネツィアのカーニバルやスペインの聖週間に行ってみたい、なんてナイーブに思っていたけれども、こういうものだったら一度経験するので充分だと思い知った。

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奇遇 [雑感]

先週の土曜日はヴィースバーデンの劇場でレハール『微笑みの国』を観劇。

いつものように自転車を携えて電車にのる。電車ならヴィースバーデンまでマインツからたったの10分だが、降りてみると、寒い!白い!どうやらマインツより寒いらしい。劇場に着く頃には、足が凍傷になるんじゃないかと心配になるほど体が冷えてしまった。


劇場は19世紀的な内装を残しており、こじんまりとして居心地がいい。客の年齢層はかなり高く、しかも白人率高。

開演。ピットの人たちは若いね〜などと話していると、「東洋系の人もけっこういるね。ヴァイオリンだけで3人もいるよ」とツレアイ。

どれどれ、たしかに、と3階席から目を凝らす。と、セカンドのうしろの方にいる一人の女性に目が留まった。ん?見覚えのある顔のような… あわててモノキュラー(オペラグラスもってないので)をかばんから取りだし、彼女に照準をあわせる。ん〜、暗くてよくわからないけど、あれは確かにHさんじゃないだろうか。でも、もうずっと会ってないし、他人の空似ということもあるし…
オペレッタを楽しみながらも、もんもんとした時間を過ごす。

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寒いとはおもっていたけど… [雑感]

「ドイツ気象当局は8日、100年に1度の寒い冬との見解を発表している」 とな。
なんとまあ。

 [雑感]

朝起きてシェードを上げて、窓の外が真っ白なのに「なんじゃこりゃ」と叫んでしまった。
山でもないのにこんなに深い霧に包まれるとは驚きだ。

マインツは9月に入って急速に秋になったが、その月の半分以上はイタリア半島で遊ばせてもらって、わずかばかりの夏を取り戻した。とはいってもイタリア半島のさきっちょですら9月後半にはもう肌寒くなっていたのだが。



目に見えて長くなっていく夜。
なかなか日が昇らないのに終わらないサマータイム。
どんよりとした灰色の低い空。
あまりに頻繁に訪れる霧雨。
すでに完全に色づいた木々。

ドイツで迎える秋は、理性ではわかっていても、やっぱり体にこたえる。
それぞれの風景は美しいけれども、人間の精神には毒だ。

こんな高々北緯50度の街でへこたれてちゃ情けないとは思うけど。
(2008-10-11 08:43:56)

*   *   *

昼になってだいぶ霧が晴れてきたところをアイボウが撮影。正直、なんだかわからない写真だが、一応「霧のドム」ということで。

RIMG0020.jpg


*   *   *
さらに追記。

土日、霧が完全には晴れることなく、日曜の夜更けからまたじわじわと濃くなって、月曜の朝には土曜の朝と同じ深さになってしまった。

夜中に布団の中で漠然と『モモ』のようだ、と思ったのだが、朝起きて、ネットでモモのあらすじを調べてもそんなシーンはないようだ。モモ=灰色のイメージなのだろうか……


月曜の朝。土曜の昼とほぼ同じアングルから。

RIMG0024.jpg

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マインツでみかけたもの [雑感]

DSC03294.jpg

Life is too short to drink cheap wine.

これに9€かけるならそのお金でワインを買いたい


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ドイツ暮らしスタート [雑感]

昨日の昼過ぎ、アイボウの住むドイツ・マインツに到着。
一昨日まで寒かったらしいが、急に気温が上ったらしく、快適な気候が出迎えてくれた。ひなたは暑いくらいの日差しだ。
4か月ぶりのアイボウも元気そう。毎日ビデオチャットしてたから、久しぶりという感じもしないけれども。


2年前にスペイン旅行した時、「もう、ヨーロッパなんて向こう10年くらい来れないだろうから、ちょっとぜいたくしてでもたっぷり旅行をしよう」なんて言ってたのに、それから2年でヨーロッパに住むことになるなんて、いまだに信じがたい。

新しい我が家は広くて快適。
朝日も夕陽もパノラマで見える家に住むなんて人生で今だけなんじゃないだろうか。

IMGP0232.jpg

どうぞよろしく。

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ポニョ(若干ねたばれあり) [雑感]

兄が姪っ子たちを連れて『崖の上のポニョ』を見に行くというので、私も〜とお願いをして一緒に見に行くことに。
運良く、兄たちの隣の指定席もとれて、ポップコーンとコーラを抱えて見はじめたのだが…

もうすぐ4歳のちびは本編が始まるとすぐに「こわい」と言い出し、ものの15分で兄に連れられて退場。結局、8つの上の姪っ子と私と2人で鑑賞。


まったく予習せずに、ちびの人面魚みたいのが出てくる映画、くらいの理解で出かけたので、ポニョの本当のなまえが「ブリュンヒルデ」というところでかなりツボに入り(しかも所ジョージ発音が悪いのか「ぶにゅんひるで」に聞えた)、ポニョが波の上を走る壮大なシーンでは、誰の耳にも「ワルキューレの騎行」のパロディとわかる久石譲音楽に笑い転げていたら、姪っ子に「そんなに面白い?」と不思議がられてしまった。波が迫ってくる勢いのある画面は、姪っ子にはむしろちょっとこわいシーンだったよう。「大人になったらわかるよ」

ほかにも男の子(宗介)のお母さんが「わたっしは〜げんき〜♪」と口ずさむシーンなどいろいろパロディがちりばめられているようで、大人には大人の楽しみが用意されている映画だと思った(私にはわかったところはそんなに多くなかったが)。
ストーリー自体には感動はなかったけれど(二ヶ所ほど涙がこぼれるシーンはあった)、海の描写の迫力だけでも一見の価値があるのではないかな。

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mixi に対する嫌悪感 [雑感]

数日前、mixi の会員数が1500万人を突破したというニュースを耳に挟んで、ふーんと思っていたが、個人的には mixi への嫌悪感が高まっている。

ちょっと情報が遅いのだが、私以外にも知らない人は結構いると思うので書いておきたい。


一つは mixi は携帯電話を持っていない利用者、そして海外からの利用者を切り捨てたということだ。韓国で出会ったともだちが日本の携帯がないせいで mixi に登録できないという話を聞き、そこからいろいろ調べてわかった。

このこと自体はありえる選択肢だと思う。韓国の SNS やオンラインサービスでは住民登録番号がないと登録できないものも多かったと記憶しているし、携帯を持っていないと人間扱いされないのも経験済みだ。法律的な問題からも「日本国内」に対象を限りたいのかもしれない。

でも個人的にはまったく賛成できない。mixi のようなサービスは、遠くて会えないともだちと近況を知らせ合えることが魅力の一つじゃないのか?国外に行きたがる日本の若者が減っているとは聞くけれど、それでも、私の回りにはいろいろな事情で日本国外に出て行く人がいる。そういう人たちを占め出すというのなら、ああそうですか、そんなサイトとは関わりたくないね、というのが正直な気持ちだ。


さらに感心しないのは、この情報が非常に見つけにくいということだ。私は google 検索をしてはてな(http://q.hatena.ne.jp/1208135716)と Yahoo!知恵袋(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1117057521)でようやく見つけた。そこを経由してmixiのヘルプページに情報が掲載されていることがわかったが(http://mixi.jp/help.pl?mode=item&category=003&item=024)、mixi にログインしているとヘルプが見られないというご丁寧さ。
会社としてのモラルを疑う。


さらに、Wikipediaの記事をみて、2008年3月の規約改訂騒動をいまさらながら知った。
利用規約を改訂して、利用者の日記・画像などの著作権をmixiに帰属させようとしたところ、株価が暴落してしまい、あわてて改訂内容を変えたというもの。

一瞬たりともそんなことを考える人々が運営しているサイトなど、空恐ろしくて利用できないではないか。
公になる前に止める人が社内にいなかったことがまず信じがたい。


結論として、当面mixi から退会するつもりはないが、利用は今以上に減らし、特に株式会社ミクシィの利益になるような行為は抑えていきたいといったところ。とはいってもお友達の日記はみたいから、世の人々がほかのもっとまともなSNS(そんなものが存在するのならだが)に移行しない限り、ずるずると続けていくと思うが。
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