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マドリッド滞在記(10) さらば、スペイン [アンダルシーア旅行記]

8月30日。

20日間ものスペイン旅行もこの日で終わり。
乾いた赤茶色の土地、この地に富をもたらした美しい地中海と大西洋、緑と岩山の織りなす山脈に埋もれた白い村々、イスラム教徒とカトリック教徒、そしてユダヤ教徒のせめぎ合い、その中で生まれた文化、おいしいワインとイワシ……

純粋に旅行としてもほとんどトラブルがなく、とても楽しかったし、いつものことだが、もっともっと歴史や文化のいろいろなことを知らなければと思う機会にもなった。

***
[補記]
こういう家族の事情、みたいなことは書かない方がいいのかなとどこかで思っていて書かずにいたが、やはり、ここまで個人をさらしているのに、そこだけ書かないのは間違っている気がしてきたし、だめな私は後から忘れてしまいそうので、補すことにした。

アンダルシーアへの旅行は、本当は数学者会議の後にいくつもりで計画して、飛行機もホテルも予約していたんだが、とある人物のとある一言で私が9月に東京にいないといけないことになり(本当はたいしていなくてもよかったのだが)、流れそうになった。あきらめかけ、涙を抑え切れずに悔しがっていたのを、行きなさいと励ましてくれたのは、母だった。

それで、アイボウには中国出張と連続になってしまったのだが、アンダルシーア旅行を学会の前に計画し直し、飛行機もホテルも取り直したのだった。

ところが、ソウルで一人、中国に出張したアイボウの留守を守っていた8月初旬、ロスアンゼルスの祖母の具合が悪化した。ロスにとぶかどうか迷っている母とiChatで話している時に、iChatの向こうにロスから電話があって、祖母が亡くなったことを知った。

母はすぐ実家に向かったけれど、私はどうしたらいいかわからなかった。こんな時にスペインに遊びにいくのは不謹慎な気がしたけれど、母は旅行を中止するなと強く言う。出発まで数日残っていたから、せめてその間だけでもロスに行けたら、と思って飛行機の席を探したけれど、25万以上した。そんなことを気にせず母の側に飛んでいける経済力も行動力もない自分が情けなかった。でも、そんなことをしたとしても、自己満足に過ぎないのかもしれなくて、どうするべきか、わからなかった。結局、母の言にしたがって、予定通りスペインに出発した。

だから、スペインに行けたのは、輝く青空の下、めいっぱい楽しませてもらったのは、母のおかげだった。
それから、子の務めも果たさず遊んでいる私の代りに、祖母の家や遺品の片づけ一切を手伝ってくれた母の従姉妹や親戚、友人のおかげだった。

深く、深く感謝をしなければならないし、彼らがもし私の行動を非難するのであれば当然のこととして受けなければならない。彼らに対して顔向けができるとすれば、ただ、アンダルシーアとマドリッドでの時間を、本当に充実して過ごし、初めて見るもの聞くものにできるかぎりまっすぐ向き合ってきたということ。

***

旅行も終わり、といっても、帰るのはソウルなので「帰国」というのがふさわしいのか、なんとなくしっくりしないが、とにかく帰宅の日は単純に移動日となった。

朝、冷蔵庫の食べ物を食べ切り、荷物をまとめ、ホステルをチェックアウト。
地下鉄と鉄道を乗り継いで、バラハス空港へ。

トランジットはフランクフルト。幸い、待ち時間は2時間半程度だったので、ラウンジに座って、優雅にヘラルド・トリビューンかなんか読んでる振りしながら待つ。

「帰国」便を待つラウンジはいつもなら東京便で日本語の世界だが、今回はもちろん、韓国語ワールド。小さな子供連れの客もけっこういて、子供に向かって親がしゃべる韓国語はなんとかところどころ分かるので、そんな風景を楽しく眺めて待つ。

帰りも行きと同じエアバスA340。トイレが地下にあり、座席もとてもスリムに作ってあるおかげで足回りの空間が広く、エコノミークラスでもかなり乗り心地がよかった。

食事のメニューを渡されて、ちょっとした衝撃。

ビビンバ or タッコギ ってあーた。両方肉だし、両方韓国料理だし、両方辛いし、両方付け合わせ米だし……

しかも、機械的にロールとバターおよびグリーンサラダ、チェリーケーキが副えられるというセンスのなさ。

飛行機の外、日はあっという間に暮れて、そしてまた朝を迎える。





***

もともと、ソウルに帰った次の日、私は東京に「帰国」する予定だったのだが(この時はまだ、アイボウはソウル、私は東京の別居中)、旅行中にいろいろと予定がかわり、ソウルでの滞在が少し伸ばせることになった。
東京 - ソウルは、ユナイテッドのマイレージ特典旅行で来ていて出発後も日程が変えられたので、仁川空港を端から端まで、上から下まで歩いてユナイテッドのチケッティングオフィスを尋ね当て、日程変更を頼みにいった。
意外にシャビーなオフィスの扉を開けると、ぺらぺらとヤンキーな英語をしゃべる若い男性が出てきて、すげなく「そういうことはできない」とのたまう。「できるはずだ、できると聞いている」とこちらがいくらいっても、「誰がそんなこと言いました?」とまで言うので、あきらめて家に帰り、東京のユナイテッドのオフィスまで国際電話をかける。電話ではもちろん、何の問題もなく、すんなり日程変更できた。
こういう、できるはずのことをできないとか、できないはずのことをできるとか、調べもせずにしれっと言うのは、頼むからやめてほしいものだ。


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ぱぐなり

글쓰기 수고해요. 도중에서 포기해서 미안해요.
by ぱぐなり (2007-09-15 22:03) 

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